一人きりの空間


一人きりの空間

一人きりの空間

ずっと誰かと一緒にいるというのは、結構なストレスになるものです。どれだけ愛し合っている人同士でも、一人になれる空間というのは絶対必要だと私は思います。

私がそれを特に感じるのは、人には決して見せられないことをする時です。例えばちょっとおならがしたい時もありますし、思い切り鼻水をかみたいときもあります。

それを気兼ねなく「ぱーっ!」としてしまうことで、私はストレスをためずに生活出来ているのだと実感するのです。

それを夫にはきちんと伝えていて、一人きりになる時間が欲しいこととその間はいないものだと思ってほしいと言っています。夫も納得の上での一人きり空間です。

ひとりになれる部屋があるというだけで贅沢で有難いことなのですが、せっかくなので居心地よくしたいと色々改造しています。お気に入りの座椅子も購入しました。

私はピアノやギターを弾くのが趣味なのですが、一人きり空間だとそれが可能です。

また、そこで本を読んだり絵を描いたりといったことも集中してできます。その部屋に入っている間は家事はしませんモードなので、たまに夫が泣きついてきます。

さすがにその部屋にパソコンを持ち込んでしまうと家庭崩壊の危機ですので、パソコンは別の部屋に置いてあります。どこかでラインを引かないと収集がつきませんからね。

最近では私がいない間にその部屋で夫が昼寝をしているらしく、本が出しっぱなしだったり座椅子によだれがついていたりします。

好きにしてくれていいのですが、さすがによだれは勘弁してほしいですよね。座椅子に座るのではなく、座椅子の座る部分を枕にして寝るのが好きなんだそうです。

それならタオルの1枚でも敷いてくれよと思うのですが。それと、飲み物を持ち込んでこぼすのも勘弁してほしいですね。お気に入りの座椅子がシミだらけです。

なぜこんなにもこぼすのか、行動が理解できません。夫も知らない間にこぼれているという始末です。

まあそれだけ居心地がよく、お互いのためになっているということです。住宅事情がありますから、一家の大黒柱でも書斎は憧れという人も多いでしょう。

もう少し日本の住宅は広くなってもいいのではないかなと思うのですが。これから人口は減っていくのですから、住宅も変換を考えていかなくてはいけません。

そうすればもう少し大きな部屋でくつろぐことができるのになあ・・・なんて妄想が膨らみます。

ホワイトキー

ポチ袋のチョイスはおじさん

いつも笑顔でいつも優しくていつも元気で、大好きなおばさんがいました。

私たちが一家そろって遊びに行けば「遠いところ、よく来てくれたね~」と、玄関で出迎えてくれます。居間に入って腰をおろせばおいしいお菓子と、私には冷たいジュース、お父さんお母さんには温かいお茶を出してくれます。

それからおもしろいお話をしたり、大きな声で笑ったり。こどもにはわからない内容の話もあったけど、お父さん達と話しながらも私を気にかけてくれていることを感じました。

おじさんはというと、いつもむっつりしていていつもあまり話さずいつも物静か。私たち一家がそろって遊びに行っても、挨拶してくれているのかただの独り言なのかわからないような言葉をつぶやくだけ。おばさんがおじさんにも出した温かいお茶を、ズズズとたまにすするだけ。

それでも積極的に話しに加わらないだけで少しは話していたはずですが、私にはただ黙っている印象しかありませんでした。

おばさんとおじさんが、私のうちに遊びに来てくれることもあります。だけどそのときも、変わらない笑顔のおばさんと相変わらずむっつりしたままのおじさん。どうしていつもおじさんが難しい顔をしているのか、私には不思議でたまりませんでした。

それで一度、こっそりおばさんに聞いたことがあります。「どうしておじさんはいつも怒っているの?」と。そうするとおばさんはちょっと驚いたような顔をしてから、またやんわりとした顔に戻り、いつもとは少し違う弱ったような笑顔を見せ「おじさんはね、怒っているわけじゃないのよ」と言いました。

それから、何て言えばわかってもらえるだろうかと考えるように教えてくれました。「いつもお年玉の袋を買ってくるのはおじさんなんだよ」と。

毎年必ずお年玉をくれ、可愛いポチ袋を手渡してくれるのは確かにおじさんでした。渡してくれるのはおじさんでも、ポチ袋はおばさんが用意してくれるものだと思っていました。

可愛いポチ袋をおじさんが選んでくれるとは思えないし、大体そんなものにお年玉を入れようとおじさんが考えてくれるとも思えません。それが全部、おじさんがやってくれていたことだなんて…。

私が抱くおじさんへの印象を変えるには、それだけで十分でした。